いのちに向き合う宗教者の会とは
仏教の教えを基として、あらゆるいのちの尊厳が守られることを願う、宗派を超えた宗教者の集まりです。
自他ともに救われる、平等な社会の実現へ。
「いのちに向き合う宗教者の会」は、仏教の教えを基として、あらゆるいのちの尊厳が守られることを願い、自他ともに救われる平等な社会の実現を目指します。
私たちは日々の暮らしの中で、生きていることや死んでいくことの意味について考えたり、亡くなった方へ想いを向けたりする時間を、どれほど持つことができているでしょうか。人間の根源に関わる「いのちの問題」は、本来誰もが直面している大切なことです。しかし、自分自身が生きている意味を問い直したり、亡き方へ想いを巡らせることは、時には辛さを伴います。
そんなとき、ちょっと私たちの会をのぞいてみてください。ここにはたくさんの仲間がいます。立場は違えど、いのちの尊厳に真摯に向き合いあいたいと願った仲間です。そして、それぞれの胸の内を安心して語り合える場が開かれることを願っています。
年齢・性別・僧俗・宗派など様々な垣根を超え、ご縁ある方々と一緒にいのちについて考え、その尊厳が見失われないよう活動していきたいと願っています。
いのちに向き合う宗教者の会
代表 根本紹徹
親しい方を突然自死で亡くす。残された者にとっては本当に苦しいことです。大きな喪失感に戸惑いながらも沈黙し、自責の念と深い悲しみに耐えて来た方もいらっしゃることでしょう。私は自死遺族で親友も自死で亡くしました。世間では間違った見方から自死者に対して差別的で敗北者扱いをし、ひどいことを言う人もいます。
また、親族や周囲の中にも、「恥さらしである。自分勝手で無責任だ。成仏できない」などと心無いことを言う人もいます。
私達の会は2010年より発足し、大切な方を自死で亡くされた皆様とともに歩み続けてきました。心から安心できる場でともに、集いましょう。語らいましょう。祈りましょう。いつまでも忘れられない思いを祈りに変えて、私たちといのちに向き合うひと時をお過ごし頂けたらと願います。
2007年から、今日まで。
関東地方で宗派を超えた有志僧侶により「自殺対策に取り組む僧侶の会」が発足。「自死の問い・お坊さんとの往復書簡」を呼びかける中で、「安心して悩める場」「悲しみを人と分かち合う場」が少ないという事実が浮き彫りになっていきました。
僧侶にできることとして自死者追悼法要の場が求められていることに気づき、関東にて2回法要が営まれました。首都圏に住む方々を対象に案内をする中で、東海・関西地方からも問い合わせが多くありました。そこで、3回目の法要にあたっては東海・関西地方でも追悼法要が催されることが願われ、東海地方の有志僧侶が実行委員会を立ち上げ、2009年に東海地方初の自死者追悼法を、真宗大谷派名古屋別院にて厳修しました。
以降2回、実行委員会形式で法要を営み、第3回からは会の名称を「いのちに向き合う宗教者の会」と名付けて志新たに活動を展開。以降あらたな取り組みとして自死遺族によるわかちあいの会「いっぷく処」を加えつつ、現在に至るまで毎年法要を営んでいます。
追悼法要「いのちの日 いのちの時間」、わかちあいの場「いっぷく処」、宗教者向けの学習会を柱に、主に東海圏を中心として活動を続けています。